小話。
昔々、彼とふたりで建築巡業(という名のあてのないドライブ)によく行ったのですが、ナビも無い時代、道に迷うと近隣の住宅の窓を探ったものです。大きな掃出し窓がついてるほうがほぼ南。太陽がない雨天でも方角が見える、と冗談めかして笑いあったものです。
笑えないのは、太陽の恩恵を受けるために設けたはずの大きな窓には、決まってレースのカーテンがぴっちり閉まっていること。なぜ?言わずもがな・・・通りから丸見えだから。せっかく大きな開口設けても、前の家のお尻を眺める生活。カーテンを開けない暮らし。なぜ、疑問に思わないのでしょう。なぜ、声を大にして叫ばないのでしょう。
窓を開ける生活がし・た・い!
私たちの住宅設計において念頭に置くいろいろなことのうちのひとつは「カーテンのいらない暮らし」
開けない窓は窓じゃないし、外とつながりのない暮らしは家ではない。カーテンは夜の光もれを抑える手段で、日中の強い光は深い庇や遮光ブラインドで賄えるように、プライバシーを守りながら解放的な空間となるようにプランニングしています。
レースのカーテンはそのはためく姿が好きなんです、という趣味は別よ。
【中央台の家】もしかり。北側道路の敷地、近隣住宅と同じくすれば南に大きな窓、前の家のお尻、もれなくぴっちりカーテンな暮らし。いただけない。
住宅地でよく使う手法のひとつコートハウススタイルにするのは簡単な答え。しかしただ閉ざすのではなく、光と風を導く方法はないものか。閉鎖的とならず周囲にやわらかに馴染む佇まいとする術はないものか。
今回行きついた答えはコートハウスとなる要の中庭と、さらに外の境界となる窓の壁。
閉めれば柔らかな光とプライバシーを守る光壁。開ければ風を招くやわらかな境界の塀。
原設計では外の通り道としてデッキが中庭を囲み、土の部分は芝張りで裸足で行き来できるように、でしたが予算と要望あってのことで・・・住みながら育ってゆくことでしょう。
2階まで一体となる大屋根の水下はこの窓の壁高さを基準に決め、中庭そして家族室へ光が降り注ぐように配慮しています。建物自体が敷地境界線からセットバックした塀として機能するので、周囲にフェンスは不要。もちろん、室内の分厚いカーテンも不要。深い軒と共に真夏の遮光用ブラインドは設置しました。
敷地境界の外、敷地内の境、室内空間との境の中庭、とレイヤを徐々に重ねるコートハウスとなりました。